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気仙沼へ

これまで被災地へボランティアで行くことはあったが、
今回、気仙沼在住の友達に三十数年ぶりに逢いに行ってきた。
いつもなら車というところ、
今回は鹿児島と横浜から3人連れで新幹線だった。
福島に近づくと新幹線の窓から、住宅の屋根に青いビニールシートが目につく。
手が回っていないのか、宮城岩手より福島の方が多く目についた。

六十年に一度咲くという竹の花が、そこかしこで咲いていた。
竹の花が咲くとその竹林は枯れるというが、被災地に限らず旅した宮城、岩手の
まさにいたる所の竹林が山ごと枯れていた。今年はその六十年の年なのか


テレビではもう何度も目にした光景だったが、現地の荒れ様は凄まじい。
ここに大きな街があったことが嘘のように、360度一望できる。
夜になれば辺りは信号のみが唯一の灯といっても過言では無いほどで
祈りの、悲しみの聖域であるのに、この闇の中は恐怖でとても歩けない。

友人宅は幸いにも無事だったが、実家はすべて流され土台だけだった。
11日の夜は港の火がすぐ裏山まで上がったそうだ。
海の色は、真っ黒に盛り上がり信じられない色だったという。
海抜は地盤沈下で70センチ上がり、道路すれすれの海の色は緑がかっていた。
今でも湾になった個所は海の色が違うように思った。

みのもんたさんが度々来てくれるという、打ち上げられた漁船第十八共徳丸が
交差点の真ん中に忽然とあった。
港から一体何キロ離れているのか山の麓まで流れ、引き潮で戻され今の場所で止まったという。
すっからかんになってはるか向こうまで見晴らしの良くなったはずの地だが、ここに立って
どんなに目を凝らしても、港どころか海さえどこにも見えなかった。

震災の威力を知る上でもこの漁船は、原爆ドームのような役割を果たすに余りあるが、
地元の人の多くの意見で取り壊しの方向だという。
船底に今もペシャンコに潰れた鉄板とタイヤが埋もれ、これが車とわかる。
ここまで流される旅でこの船はいくつもの破壊を余儀なくしてきたのだ。
目にするたび、身を裂かれる思いだろう。

気仙沼
(船の真ん中が私。巨大さを感じてください)


一年以上経った先日、友人の知人でもある方のご遺体が見つかった
心機一転ご遺族がそのすぐ近くにコンビニを開業するまさに前日の事だったらしい

震災後、平穏だった被災地のすべての人にドラマがある




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[ 2012/06/18 12:00 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)
プロフィール

金沢まりこ

Author:金沢まりこ
絵を描いています。
45歳から独学で唐突に描きはじまりました。
ど~ぞよろしく。

家族構成
ダンナ一人
年頃の娘二人
おてんばネコ一匹
おしゃべりネコ一匹
ちびネコ一匹
いばりネコ一匹(2014年 ご天昇)
年寄りネコ二匹(2012、13年 ご天昇)
忠実犬(2010年ご天昇)

金沢まりこのホームページ 「工房みちくさ」